FTMという言葉を手に入れて、ようやく言葉にして自分が何者であるかを理解することができたように思う。今までになく、自分自身について考えなおし、見つめなおし、言葉にしていく日々が到来した。
私はFTMという言葉を手に入れたことにより、「FTMになった」。インターネットや本から取り入れたFTM像によって、私は自らを定義しなおし、見つめなおし、自分が何者であるかを知ろうとした。——FTMという概念がどうやらあるらしい。そして、FTMという言葉が自分を「オンナ地獄」から救ってくれるらしい。FTMでなくなったら、自分はオンナ地獄で生きるしかない。いや、死ぬしかない。そう思った。
読者の皆さんにも是非想像していただきたいのだが、今まで自分には関係がないと思ってきた「社会的少数者」「トランスジェンダー」の生き方が、自分自身の生き方とすごくシンクロしたとき、私は何かにしがみつかないでは、自分自身を支えることができなかった。「男女ゲーム」は瞬間ごとに、壮絶な闘いや葛藤をひきおこす。その痛み、苦しみの激しさから逃れるためになら何でもできると思った。そんな中だからこそ、FTMという言葉は、蜘蛛の糸のように私の目前に垂れ下がり「これしかない」とささやいたのだ。
私は「FTM/オトコであること」を自分に強制し、自分をますます縛りつけ、苦しめていった。いわく、オトコなんだから「女の子たちとあまり仲良くしてはならない」「可愛いストラップをつけちゃいけない」「性別欄のオトコに○をつけて安心できる人間でいなくちゃいけない」等々だ。
FTMになることで自分がオンナ地獄から脱出できると考えても、相変わらず「男女ゲーム」の盤上にしか私はいなかった。
自分のありのままを認めてくれる友達との出会い、特にLGBTの同世代の友達との出会いによって、私は「何者にもなりたくなかった」ことにようやく気がついた。
オトコやオンナ、トランスジェンダーやFTMにもならなくていい——。そう初めて気がついて、随分と拍子抜けしてしまった。遠回りして結局それかよ、と泣き笑いみたいな気持ちだった。
身分証明書には必ずといって良いほど性別が記載されています。履歴書などに記入する性別欄も、男性か女性の2択。これ常識。
ところが、その常識が覆される日がやってきました。オーストラリアでは、なんとパスポートに3つ目の性別「X」が誕生したのです。
今までパスポートに記載できる性別は、M(male:男性)かF(female:女性)のどちらか。ところが、今回新しくできた性別表記「X」は、「intermediate(中間)」を意味しているそうです。
つまり、トランスジェンダーやインターセックスと呼ばれる、男女のどちらでもない性別を持つ方がこの表記を選べるそうです。男性でも女性でもない、3つめの性別表記について定めた法律は世界初!
一方、身体と心の性が一致しない性同一性障害の方は「X」を選ぶことはできません。しかし性転換手術をしていなくても医師の診断書があればMかFのどちらか望む方を選ぶことはできるようです。
ちなみに、セクシャルマイノリティの性別表記に関しての決まりは、国によって異なります。出生時と異なる性別を名乗るには、フランスやカナダなどは性転換手術が必要としていますが、アメリカとイギリスでは手術していなくても医師の証明があれば可となっています。日本では性転換手術後、家庭裁判所で戸籍の変更が認められればパスポートの性別も変えられます。
性別表記「X」に話を戻しますが、一番の目的は差別をなくすためでした。というのも、パスポートに書かれた性別と外見の違いから誤解やトラブルが起こることがあったからだそうです。海外旅行の際に空港での職務質問や足止めが減ることで、誰もが気兼ねなく旅行できるようになるでしょう。
ところが問題はまだ山積みのようです。そもそも性別を記載する必要があるのか、「X」という性別を明記することで逆に差別を助長してしまわないか、などの懸念もされています。
しかし、性別が男女の2択でしか考えてこられなかった歴史が変わったことは、オーストラリア国内だけでなく世界中のセクシャルマイノリティにとって大きな意味のあることでしょう。このオーストラリアの新しい法律を受けて、これから世界がどのように変わっていくのか非常に気になるところです。どんな法律になれど、差別のない世の中になることを祈るばかりです。